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お金の不条理

2000929

 今夜のテレビ朝日の「ニュース・ステーション」では、今回のオリンピックへ特別特派員(?)としてシドニーで取材していた歌手(?)の福山雅治氏が現地のテレビ朝日の仮設スタヂオ(?)で出演していました。

 

 彼は、日本の女子ソフトボールチームへ特に思いを込めて(一試合を除いて全ての日本戦を)取材をされていたそうです。

更に大会前には、日本チームが「金メダル」を取っていたら、彼はチーム全員をヨーロッパ旅行に連れて行ってあげると約束していたそうです。

(この約束時では、福山氏は全費用を自分持ちの積りだったけれども、直ぐに彼の頭の中では、テレビ朝日と、福山氏と福山氏の事務所の3社で負担する事を画策していたそうです。)

 

しかし、日本チームは健闘空しく「銀メダル」に終わってしまったので、“残念ながら約束のヨーロッパ旅行はお流れと言うところだけれども、何とか実現に向けて考えてみよう。”と日本女子ソフトボールチームの選手達に向かって、福山氏は語っておりました。

 

 その上、女子マラソンで「金メダル」を獲得した高橋尚子選手が、その仮設スタヂオに姿を現すと、福山氏は、“高橋さんは、「金メダル」を取ったのだから、当然パリでも何処でも連れて行って上げようと思います。”とかおっしゃられておりました。

 

 何か可笑しくは有りませんか?

福山氏はいったい何様なのでしょうか?

テレビを見ている私には、ソフトボールチームの皆様、そして又、高橋尚子さんの方が、福山氏よりずっとずっと立派だと思えます。

なのに、立派でもない福山氏の方が、彼より数段立派な彼女達を“連れて行ってあげる。”と何故言えるのでしょうか?

彼の方がしこたまお金を持っている為だけのようなのに!

そうでしょう?その時の番組のバックに流れていた歌は、彼の歌のようでしたが、私には些っとも立派には思えませんでした。

彼の話し声は、アナウンサーや声優や、俳優達よりはとても奇麗でした、でも歌声は駄目です。

彼は、その時幸運にも対面出来た、女子選手達の苦労の何分の一でもを積み上げ、彼の声を磨き上げるべきです。そうすれば彼の歌も話し声自体ももっと素晴らしくなるでしょう。

 

いみじくも1ヶ月程前、「ニュースステーション」にて、久米氏は、“私は、ニュース原稿を読む時も、話す時と同じ調子(声)で読むように心掛けています。”旨を語っておられました。

私は、誠に至言であると存じます。

(作り声だらけのナレーションには辟易しています。)

 歌に於いても、然りなのです。

私を教えてくださった、世界最高のテノールであった今は亡きマリオ・デル・モナコ先生は、“歌う時は話すように、話す時は歌うように!”と教えて下さいました。

(しかし、話すように歌うという境地に到るには、並大抵の努力では不可能なのです。

福山氏は、彼の声から判断して、其処までの努力を傾注したとはとても思えません。)

 

彼が所有しているお金は、彼の真の実力に相応した額ではないはずです。

ただ単に運が良かっただけでしょう!?

彼に人気が有るとしたら、それは、作り上げられた虚構の人気でしょう。

若し、万一無理に作り上げられた人気で無く、自然発生的な人気だとしても、今の世の中、テレビ番組の質と視聴率が合致していない(と言うより反比例している)と同様に、人気と実力は比例していない事は彼ご自身が良くご存知のはずです。

 

 福山氏と、素敵な女子オリンピック選手達とをテレビで見比べていましたら、かってのソ連や共産国の方が人間の理に適っているのではないかしら?とも思ってしまいました。

オリンピックで活躍した選手は、生涯年金も保証され、国の英雄として尊敬されていたのですから。

 

 なのに、福山氏は、柔道で「金メダル」を勝ち取った井上選手をインタビューする際は、彼は、井上選手に直接目を向けず、彼が得意と言うカメラのファインダー越しに、井上選手を覗き込み、井上選手に話し掛けながらシャッターを切り続けておりました。

更に、その場に居合わせた二人の女性に記念撮影と言って井上選手と一緒にカメラに収まるよう促してさえ居ました。

 

 「金メダル」を勝ち取った後の貴重な時間を割かれている井上選手に対して、「随分失礼なインタビューだな!」と思いました。

彼のファインダー越しのインタビューは、インタビューと言うより、一般的なカメラマンがモデルの表情を引き出す為に、モデルに矢継ぎ早に話し掛けるテクニックそのものでした。

外見の美を競うモデルの写真ならともかく、井上選手達のように、「金メダル」を獲得してある種の高みを極めた人達は、内面からの表情が自然に現れているはずです。

ですから、気障なテクニックを使わずに、シャッターを一回だけ押せばよいのです。

 福山氏も、オリンピック選手同様に一回のシャッターチャンスに賭けるべきなのです。

その方が、出会い頭的な傑作を期待するよりもずっと素晴らしい写真が得られると思います。

(喩え、その際の写真で井上選手が畏まった表情をしていたとしても、それはそれで、井上選手の表情を捕らえた事になるのでしょう。)

又、そのような写真が得られるように自らの感性を高めてゆくべきなのです。

 

 そして、福山氏の感性が高まれば、自分の約束を実行する為に、自分の財布以外に、自分の所属する事務所の財布は兎も角、テレビ朝日の財布まで抉じ開けようとしていた事を、テレビの電波に乗せて発言する事が、どんなにか視聴者に対して大変失礼な事だか気が付くことでしょう。

(日頃、福山氏は出演料などで、容易にテレビ局から大金をせしめているので、自分がテレビ局に要求すれば、テレビ局は「ハイ、そうですか。」と、いとも簡単にソフトボールチーム等の旅行費を捻出できると自惚れているのかしら?とテレビの前の私達は思ってしまいます。

そもそもテレビ局のお金は、多くのメーカーから支払われる広告宣伝費なのです。そしてその広告宣伝費は、日頃視聴者たちが購入する各メーカーの商品の代金から捻出されているのです。

ですから、テレビ局のお金は、視聴者たちのお金なのです。)

 

 ただ一点だけ、福山氏の出演で良かった点がありました。

それは、マラソンに於いては全く非の打ち所の無いほど立派で、私達の人生の教科書とさえも思われる高橋尚子選手が、マラソンを離れると、とても無邪気な一般的な女の子の一面を持っているのがとてもよく判りました。

 なにしろ、高橋選手は、福山氏に恥ずかしそうに“多分皆さんも興味を持っている事と思うのですが、休日は何をなさっておられるのですか?”との旨を質問していたのです。

 

 ですから、高橋選手もマラソン以外にも一段の進歩を遂げ、次のアテネのオリンピックでも活躍される事を期待しております。

 

 更に、「お金の不条理」について追記させて頂きます。

「自分の稼いだお金なんだから、どう使おうと文句をいわれる筋合いはない」等との発言をよく耳にします。

しかし、自分が稼いだお金と云っても、実は自分の力だけではないのです。

福山氏にはお気の毒ですが、彼の件を例にしてこの件について考えてみましょう。

先ず声のオリンピックみたいなものがあったら、彼の声では日本の代表の座も得られないでしょう。

いわんや、代表権を得るくらいの実力を持っていても、彼に良いマネジャとかプロデューサがついていなかったら、世の中の波に合致していなかったら、或いは今の時代が戦後の日本の状態であったら彼は歌でお金を稼ぐ事は出来ないでしょう。

勿論、この論理は福山氏だけではありません。

 

数年前、或るテレビ番組タレントの藤村俊二氏は外国に取材に行き、外国の若者に対して“日本には資源が何もないから、輸出するものもなく全て輸入に頼らなくてはならないので、輸入超過国なんです。”旨の、とんでもない発言をしていました。

今以って藤村氏の知識は、彼が終戦直後に受けた教育のままなのでしょう。

ところが、現在は、ソニー、ホンダ、トヨタ等、世界に誇れる製品を開発輸出している企業等のお陰で、1ドル360円だった円は強くなり、今は100円程度までになり、昔は外国へ行くなどはほんの限られた人だけが可能だったのに、今では誰でも外国に行けるほどに、日本の国は豊かになったのです。

 

この藤村氏の発言の如き日本であったら、どんな企業家でも実業家でも、日本の国が貧しかったら彼らとてお金を稼ぐ事は困難でしょう。

(不景気の今はその一寸した例でしょう。)

今多くのお金(少なくても)を稼いでいるお方々は、貴方方が稼ぐ事が出来ている影には、(例えばですが)ソニー、ホンダ、トヨタ等の健闘のお陰だと言う事を肝に銘じておくべきです。

 

 日本には、「お陰さまで」という言葉が有るのです。

それと共に、余り傲慢になった、我等がエコノミックアニマルは、バブル崩壊でお灸を据えられましたが、そのお灸の熱さをいつまでも忘れないようにすべきでしょう。

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